2016年5月23日月曜日

九位一体 (2016-05-15)

本を持ってくるのを忘れた。コンビニで買った『実話ナックルズ』6月号を読みながら、武蔵野線で三郷駅に向かった。香川県の藤井学園寒川高等学校で男性教師が女子生徒のSM写真を大量に撮っていたのが明らかになったが学校側が隠蔽しているという驚くべき事件を知った。ネットで検索したが本件を告発した日本タイムズ(旧四国タイムズ)以外はほとんど扱っていなかった。意外なことにそれほど話題になっていないようだった。『実話ナックルズ』では教師がAと記載されていたが日本タイムズの記事には実名が載っていた。

13時半頃に会場前に着いた。紳士2人組が佐々木莉佳子さんの誕生日メッセージを募って練り歩いていた。応じている人はあんまりいなかった。私も佐々木さんがお誕生日を迎えられるからといって特に伝えたいことはないので下を向いて『実話ナックルズ』を読み続けた。検索したところ彼女の誕生日は5月28日だった。まだ少し先なので今日のコンサートでは特に注意すること(リカココールをするとか)もないだろうと踏んで、忘れることにした。「夏の復帰が囁かれている、元好感度タレント・ベッキー」「名前も顔も出自も、留学もMBAも年商30億円も、全部ウソだったことがバレた、ショーンKこと、ショーン・マクアドール・川上。本名・川上伸一郎」といった小気味のいいリズムの文章に酔いしれた。私もこういうリズムを習得したい。開場が13分遅れたが『実話ナックルズ』のおかげで待ち時間を有意義に過ごすことが出来た。

アンジュルムの現場は私の主戦場ではない。第一に、私が応援する集団はJuice=Juiceと℃-uteであってアンジュルムは担当範囲の外である。限りあるお金と時間の多くは、既にJuice=Juiceと℃-uteで予約されている。第二に、アンジュルムはライブハウス(和製英語)でのコンサートがほとんどで、座席が設置された会場での公演が滅多にない。私はライブハウス(和製英語)でのコンサートには積極的に足を運ばない。よほど番号がよくないかぎりは鑑賞環境が劣悪になりやすいからだ。前回アンジュルムのコンサートに来たのが2015年の11月29日だった。日本武道館。福田花音さんの最終公演。約半年ぶりに来た今日は、コンサートホールを回る「九位一体」というツアーの公演である。明らかに三位一体というキリスト教の用語から取った造語だが、おそらく決めた人たちは宗教的な意味合いを込めたつもりはないだろう。本来は宗教色の強い言葉を、宗教的な意味を持たせずに使えるのは日本ならではなのかもしれない。

彼女たちを応援するのは私の職務分掌ではないものの、アンジュルム(旧スマイレージ時代を含む)の楽曲はとても好きである。特に『大器晩成』以降は同時期の℃-uteの曲よりも断然好きだ。だからコンサートホールでの公演が開催される数少ない機会には足を運びたくなる。そして私はこの9人組全体にそこまで興味を持っている訳ではないが、田村芽実さんに対してはハロプロの中でも比較的つよい関心を寄せている。田村さんは5月30日の日本武道館での公演をもってアンジュルムを退団する。彼女を観られるうちに観ておきたいというのも、私を三郷市民文化会館に向かわせた大きな理由だ。

まだスマイレージという名称だった頃の「焼き肉事件」以降、この集団には事務所から冷たく扱われているという印象がつきまとう。どこまで本当なのかは別にして、どうもそういう雰囲気がある。ライブハウス(和製英語)を回らせるばかりでコンサートホールでの公演をなかなかやらせてくれないとか、ハロコンの打ち上げで出されたケーキに各グループの名前が書いてあったがスマイレージだけ忘れられて後から名前を付け足されたとか、そういう話に事欠かない。他の集団がホールでコンサートをやる際には開催されることが多い開演前のハロプロ研修生によるopening actが、今日の公演ではなかった。こういう細かいところから事務所による扱いがいい加減というかちょっと手抜きというか、そんな風に感じられて(実際はそんなことはないだろうし勘ぐり過ぎなんだろうけど)「スマイレージはいつもこうだ」というメンバーたちが自嘲して発していたフレーズが頭に浮かんだ。

今日の時間割は1回目が14時開場の15時開演。2回目が17時半開場の18時半開演。昨日のJuice=Juiceとまったく同じ時間だった。今日も両方を観させてもらう。1回目の席は19列目。後ろから2列目だったが、クソ席ではまったくなくて、十分に見やすかった。おそらくこの会場にクソ席はほとんど存在しない。双眼鏡を駆使して細部も楽しめた。飛びまくる青年たちいわゆるマサイは最前列に数名いるのみで全体としてはごく少数に見えた。和田リーダーはじめメンバーの方々がジャンピング行為に不快感を示しているとTwitterでよく目にしていたので、そういう教育の効果なのかな、と思った。

コンサートの一曲目がいきなり『次々続々』というとんでもなく格好いい新曲で、のっけから最高潮にぶち上げてくる。Introでアンジュルムの皆さんが隊列を組んだ軍隊のようにこちらに歩いてくる。そのときに最前の中央にいる上國料萌衣さんの威風堂々としたバイブスがハンパない。この曲に見られるようにアンジュルムのダンスは我々に圧をかけてくるというか、迫ってくる感じがする。なぜなんだろうと考えたが、第一に人数が9人と℃-uteやJuice=Juice(ともに5人)に比べて多いので迫力を出しやすい。第二にアンジュルムに改名してから『大器晩成』『乙女の逆襲』『出過すぎた杭は打たれない』『ドンデンガエシ』『次々続々』等々、上がらずにはいられねえだろ!(戦極MC BATTLE第5章、晋平太戦のDOTAMA)と誰もが思う曲に恵まれている。第三にリーダーの和田彩花さんを筆頭に、彼女たちの中に「スマイレージはいつもこうだ」精神というか、リメンバー・パール・ハーバー的なギラギラした復讐心があって、それがステイジ・パフォーマンスの力強さにつながっている気がする。

アンコール後に勝田さんは「曲が始まるごとにおーという反応があって、みんなちゃんとセットリストを見ないで来てるんだなと思った」と言った。和田さんは「ホール・ツアーはもう一度できる保証はない」と繰り返し、ここでコンサートが出来ているありがたみを噛みしめているようだった。℃-uteとJuice=Juiceは熊本地震の被災者のための募金箱を設置している旨をコンサートの冒頭で述べていたが、アンジュルムのコンサートではアンコール後の最後に話していた。

いい会場で、いいコンサートを観られたのは間違いないが、会場を出た私は淡々とした気分だった。何が悪かったという訳ではないのだが。Twitterを開いたら同じコンサートを観ていた方が(5月7日に行われた)名古屋での夜公演は感情的だったのに対し打って変わって普通のコンサートだったというようなことを書いていた。何となく分かる気がした。もしここで誰かが目の前に現れて、次の公演のチケットを買い取らせてくれと言ってきたら売ってしまうかもしれないという考えがふと頭をよぎった。しかしそんなことはあり得ない。5万円出すと申し出る人が現れても、私は首を縦に振らないだろう。なぜなら昨日のJuice=Juiceの18時半の回に続いて、私には4列という絶好の位置が割り振られているのだ。ハロプロのコンサートを良席で鑑賞できる喜びは、お金には換算できない。仮にチケットと引き替えに数万円を手にしたとして、コンサートを観る以上の喜びを与えてくれるお金の使い方は私にはない。

駅と会場の間にある中華料理店「旺仔(おうこ)」に入った。生ビールを飲んで、よだれ鶏と、枝豆と、台湾牛肉を食った。台湾牛肉が唐辛子入りで、でも辛すぎず、好みの味付けだった。1,630円。この店はリアルだ。もう1杯飲みたかったが、我慢した。2回目の公演に向かうため、会場に戻った。

『実話ナックルズ』6月号は「何考えてるか分からねえ奴ら 10代の正体」という特集を組んでいる。10代にガキというフリガナが振ってあるのが風流である。ガキと言えば、後ろの列で席交渉の声が聞こえてきた。お友達と連番したいから変わりたいだの、いい歳して子供のようなことを言っていた。これはピクニックじゃないんだよ。馴れ合いじゃないんだよ。コンサートくらい一人で観ろ。私の席は、4列のど真ん中だった。演者の皆さんがダンスの場位置を把握するために、ステイジの床にはいつも番号の書いた紙が貼ってあるのだが、私の真正面に0と書いてあるのが見えた。0番というのがまさに真ん中だ。これだけ前方でしかも中央付近となると、図々しい奴らがウジャウジャ沸いてくる。幸いにも私には声をかけてこなかった。

最初の挨拶で田村さんが「私事(わたくしごと)ですが、最後の埼玉でのコンサートなので最高級の田村芽実をお見せしたいと思います」と言った。最後のさい、埼玉のさい、最高級のさいで韻を踏んでいる、と私は思った。『ヒトラー演説 - 熱狂の真実』という本に、ヒトラーが用いた技巧の一つとして、強調したい言葉に子音を揃えて韻を踏むというのが書いてあった。田村さんは韻を踏むだけでなく、ステイジではセンターの位置を踏みまくっていた。真ん中で鑑賞させてもらったことで、田村さんと正対することの多さに気付き、こんなにも0番に来るメンバーになったことに驚いた。

恋ならとっくに始まってる』はアンジュルムに改名してから初めてのつんくによる曲である。歌謡曲風味のつんく節がたまらない。最初の「もう」から始まる台詞で一気に場の空気を支配する田村さん。「背中を押される」で意外な凛々しさを見せる勝田さん。「もう止めたり出来ないよ」「もう何も怖くないよ」の変則的なリズムを完璧に乗りこなす竹内さん、田村さん、和田さん。『次々続々』もそうだが、YouTubeや音源で視聴して最高だと思っていた曲が目の前で実演されるのは、感激もひとしおだった。天文学的な予算を費やして作られた映画を観ているようだった。やられっぱなしだった。ハロプロのコンサートをステイジの間近で鑑賞するのをバーチャル・リアリティで体験できる装置の開発が急務である。それが実現すれば人間はもっと幸福になり、世界から争い事が減る。

アンコール後のコメントで勝田さんは、昼と同じように曲が始まったときのおーという新鮮な反応があったと言った。もしかして昼とは全然違う人たちが観に来てくれているのかな?と観客に挙手を求めた。すると、過半数は夜公演だけの参加だった。それを見て、こんなにたくさんの人が観に来てくれるのが嬉しいと言っていた。実際、アンコールの掛け声が15時の回では「たけちゃん! お帰り!」、18時半の回では「たけちゃん! たけちゃん!」と異なっていた。観客が大幅に入れ替わっていたのだろう。勝田さんだけでなく、他のメンバーもお客さんがたくさん来てくれること、ホールでコンサートが出来ることの嬉しさを何度も強調していた。竹内さんも和田さんも、秋もホールでツアーがやりたいと言っていた。アンコール後の衣装では何人かのおへそが見えるのだが、歌い終わった後に整列した際、田村さんがパンツ(下着ではなくズボンのことです)をおへそが隠れる場所まで上げていて、恥ずかしいのかな、と思った。

唯一の不満は、最後の最後だ。今日は竹内さんの凱旋公演だったのだが、ダブルアンコール(「たけちゃん!たけちゃん!」)が始まるや否やすぐに公演終了の場内announcementが流れ、拡声器を持ったスーツ姿の青年がヤンキーゴーホーム的なことを連呼して客の追い出しに躍起になっていた。しばらくは我々も「たけちゃん!」と叫び続け抵抗したが完全に無視された。私はここ1ヶ月で今日を除いて凱旋コンサートに3回も参加したが(千葉での℃-ute鈴木さん、埼玉でのモーニング娘。工藤さん、同じく埼玉でのJuice=Juice金澤さん)いずれの回も夜公演ではダブルアンコールが起きて凱旋者が簡単な挨拶をしていた。てっきりお約束のようなものだと思っていた。それなのに我々のたけちゃん!コールは無慈悲にも封殺され、強引に終了させられた。しかしまあ、それはコンサート全体からすると些細なことに過ぎない。

アンジュルムの現場に、私はやや苦い思い出がある。2015年8月27日にHEAVEN'S ROCKさいたま新都心VJ-3というライブハウス(和製英語)で行われたコンサート。観客が割と静かでそれほど盛り上がらなかった。田村さんは我々のノリの悪さをチクチクと指摘し、次までに成長するように促してきた。中西さんは「埼玉県にはこの際たまには行く」という渾身の駄洒落への反応の悪さに(おどけながら)不満を表し埼玉の人は人見知りなのかと問うてきた。和田さんは「お知らせがあります」と言った後に観客が沸いたのを受けて、その声を公演中に出すようにと叱咤してきた。メンバーが埼玉県民に苦言を呈する場面が多く、後味が悪かった。コンサートは演者と観客が一緒に作り上げるものなので、演者が観客に要求するのは正当なことだ。観客はただ一方的にサービスを受け取るお客様ではない。ただ、その場にいて、おとなしかった人も含めてみんな楽しんでいたのを私は分かっていた。だから、ただ盛り上がっているかどうかだけを指標にして、悪いことでもしたかのように断罪してきたことには反感を覚えたというのが正直なところだ。この一件以来、アンジュルムには一種の苦手意識があった。しかし今日の公演を経て、その印象は完全に払拭された。

冒頭でご本人が宣言されていた通り、最後の埼玉で最高級の田村芽実を見せてもらった。田村芽実がいたアンジュルムがこれで見納めでも、私に悔いはない(実際には武道館での最終公演も観に行かせてもらう)。アンジュルムそして田村芽実の勇姿をこんなに近くで観させてもらうのはこれが最初で最後だ。絶好の位置から素晴らしいコンサートを観させていただいて、夢のような2日間だった。これ以上の幸せはない。私に素晴らしい席を割り当てていただいたアップフロントさんには本当に感謝している。