2016年10月26日水曜日

Special Code (2016-10-10)

これを書いている時点で、この一週間半で飛行機に14時間。電車に6時間。車に2時間。長旅の疲れに、時差。月曜に日本を離れてから、ほぼ毎日、寝落ち。今は日曜日の21時。朝から夕方までロンドンを歩き回った。眠い。さっき部屋の電気を消した。でも途中まででいいから書いておきたい。電気を付け直して、ベッドの上。iPhoneで秘密結社MMRのアルバムを流して、ポメラを開く。結局、疲れでほとんど進まなかった。月曜の夜、ロンドンのホテルでMC松島の“Major Cleanup 2013”を聴きながら続きを書くけど続かない。疲れていると長時間、文を書けない。今は帰りの飛行機でポメラを叩いている。火曜日。日本に着いたら水曜日になる。

英国の前にはオランダにいた。その前にはドイツにいた。その前には成田にいた。普段は埼玉に住んでいる。10月10日には、埼玉の川口にいた。その二日前には滋賀にいた。何で滋賀にいたのか? Juice=Juiceのコンサートを2回観るためだ。何で川口にいたのか? 滋賀で観たコンサートをもう2回観るためだ。最近はまっている池袋の立喰い焼き肉「美そ乃」で特選ハラミ・サガリランチ、焼酎をオン・ザ・ロックでいただく。私は何をやっているのか? なぜ同じコンサートを3日の間に4回観るのか? 正直、少しだるいなと思いながら川口に向かった。ここに来るのはたぶん二度目だ。前は℃-uteだった。

「前の方にヤンキーがいるでしょ。ああいう奴が…」
「あれヤンキーかな? ヤンキーというか…」
「イキがっているだけか」
「うん」
忘れる訳ねえ。あのJ=J Day。いま思い出してみてもヤバめ。上から下まで決めてるアディダス、かどうかは知らないけどそいつが着ていたのは赤いジャージ。金澤朋子さんの色付いた服を着たオラついた金髪のガキがうろついているのを見て、私はイラついた。上の会話は部分的にしか聞いていないが、ああいう奴は見かけからして迷惑オタクなんだと、男が連れの女に教えていたのが明らかだった。私もそのイキった金髪を見て嫌な予感がしていた。思うことは同じなんだな。可笑しくなって、気が紛れた。予想通り、そいつは最前列で飛びまくっていた。でもそんなに気にならなかった。

15時に始まった公演を、私は6列から鑑賞する幸運に恵まれた。1列目をカメラが通るために潰してあったので、実質的には5列目だった。席の近さとそのコンサートを自分がどれだけ楽しめるかは別問題だ。でも、近いからこそ味わえる喜びがあるのも確かだ。この公演に関しては近さの恩恵を存分に感じた。メガネのレンズを通して私の眼球に映った光景は永久に保存したかった。過去に観たコンサートをそっくりそのまま追体験できるVR装置が本当に欲しくてたまらない。人生に希望がなくなったら過去に経験してきた最高のコンサートの数々をVR装置で再び体験し、意識が薄らいでいき、眠りにつくように死んでいるというのが望ましい。

宮本佳林さんが数メートル先で繰り広げるダンスに見とれていると(目の前であんなものを見せられてしまうと、見とれる以外の選択肢は人類にない)、動きの合間にとびっきりのお茶目な笑顔でこちらを見てくださった。

『黄色い空でBOOM BOOM BOOM』の終わりにJuice=Juiceの皆さんが静止する数秒の間、宮崎由加さんがこちらを見てくださった。私の前が長身の紳士だった。ちょうど正面に来た宮崎さんを見るために人混みをかき分けるようにその紳士の横から顔を出したところ、こちらが戸惑うくらいに由加ちゃんがじーっと見てくださった。あのとき彼女は絶対に私のことを見ていたし、私の周囲にいた20人くらいもまったく同じことを思っていたはずだ。

“F-ZERO”というスーパーファミコンのレーシング・ゲーム(1990年)で、路肩に寄せると上から光が降り注いでダメージから回復できるゾーンがある。分からなければYouTubeかニコニコ動画でプレイ動画を観てほしい。この公演で分かったことの一つは、アイドルが客席に注ぐ視線とはF-ZEROの回復ゾーンと同じであるということだ。分かるか? 普通、我々の視線の有効範囲なんてのは限られているんだ。まあ普通は一対一。講演者や変質者には複数の人で一人を見ることもあるよね。それが普通の視線だ。アイドルはその逆なんだ。つまり一人の視線で同時に何十人もの人々に「私のことを見てくれた」と思わせることが出来るんだ。“F-ZERO”の回復ゾーンのようにある一帯に視線という光を降らせることが出来るんだ。

神は「光あれ」と言われた。すると、光があった。10月8日、びわ湖ホールで宮本佳林さんは「世界でいちばん熱い場所にしましょう!」と言われた。すると、びわ湖ホールが世界でいちばん熱い場所になった。10月10日、川口総合文化センターで宮本佳林さんは「世界でいちばん熱い場所にしましょう!」と言われた。すると川口総合文化センターが世界でいちばん熱い場所になった。びわ湖の昼公演よりも、夜公演の方が熱かった。びわ湖の夜公演よりも、川口の昼公演の方が熱かった。私の主観的な点数がびわ湖の昼が75点、びわ湖の夜が85点、川口の昼が95点だった。びわ湖ホールでの2公演が悪かった訳ではない。素晴らしいコンサートだったし、十分に盛り上がっていた。でも川口は客席のバイブスが段違いだった。客の思い切りがよかった。単に私が前の方にいたからそう感じただけなのか? その考えが頭をよぎったが、おそらくそうではない。いくら日本中を回っているとは言ってもJuice=Juiceそしてハロプロは東京近郊がホームで、地方に比べてファン層の厚さが違うのだと思った。あとは少数だろうが私のように二日前にびわ湖ホールにいた紳士たちが、このコンサートを初めて観る紳士たちを引っ張っている部分もあったかもしれない。(音響的にもびわ湖のときより迫力を感じた。これに関しては私の席がスピーカーに近かったのが影響しているかもしれない。)75点、85点、95点。数学的に考えて、18時半からの夜公演は105点になるはずだった。

結果は、105点だった。びわ湖ホールでの2公演を観させてもらったときに、昼公演がウォーミング・アップで、夜公演が本番だと感じた。この一連の4公演を全体として見ると、びわ湖ホールでの2公演がウォーミング・アップで、川口総合文化センターでの2公演が本番だと感じた。105点になるというのは自分で立てた予想ながら半信半疑だった。なぜなら夜公演の席は1F19列であり、昼公演の席に比べて13列も後ろだったからだ。1Fは30列まであるので、決して悪い席ではない。双眼鏡を使えば細かい表情も堪能できる。とはいえ、昼公演に味わった特別な臨場感は望めない。それでも、夜公演は105点だった。それだけJuice=Juiceの皆さんは出せる力のすべてを振り絞り、観客の我々も本Special Codeの集大成を見せた。観客の参加回数に個人差はあるにせよ、集合体としての我々にとっては4公演目だ。Juice=Juiceさんと我々の間のオートマティズムが最高潮に達した。何だかもう、現実なのか夢なのか分からない夢心地の2公演だった。一日に観させてもらったコンサートの合計点数が200点になることなんてことはほとんどない。世界でいちばん美しいものを観させてもらっていると心から実感し、恍惚状態だった。アルコールなしでこんな精神状態になるなんて滅多にないと思ったが、そういえば昼に焼き肉屋で焼酎を飲んでいた。でも少量だったからほとんど酔わなかった。アルコールの助けは実質ゼロだった。今日は3連休の最終日だ。コンサートのすばらしさもさることながら、これまでの2日間で気持ちがほぐれていたのも大きかったかもしれない。

夢か現実かの判別がつかない極地が、『生まれたてのBaby Love』で訪れた。右側(上手)の宮崎由加さんを双眼鏡で見ていたところ、彼女は両手の親指と人差し指で輪っかを作って両目に当ててから、その手を目から外し、笑顔で客席に手を振ったのである。より正確には、私に向けて手を振ったのである。もちろん、先に述べたF-ZERO理論の通り、この一連の動作の有効範囲は相当に広かったはずだ。多くの紳士が自らに対する個人的なメッセージとして受け取ったはずだ。いや、分からない。もしかすると、そもそもそんなジェスチャーはしていなかったのかもしれない。確かなこととして言えるのは、私の脳内では双眼鏡で宮崎さんを見ていた私に対して、彼女が個人的に反応してくれたのである。私の脳内でそうだったのであれば、それが現実であり、事実なのである。アイドルとファンの関係とはそういうものなのである。つまり宮崎由加さんが一番なのである。

何度見ても宮崎さんは手足が長くて、顔が小さい。スタイルとカリスマ性が、1996年のアトランタ五輪におけるサッカー・ナイジェリア代表のヌワンコ・カヌーのようだ。あの大会のナイジェリアはUNSTOPPABLE(何使ったって止めらんねえ)だった。彼らがアルゼンチンを破って優勝したとき、宮崎さんは2歳のお子ちゃまだったわけだが、私の近くの席にはオコチャのユニフォームを着てコンサートに臨んでいる紳士がいた(どういう意味だったのか?)。オーガスティン・オコチャもアトランタを制したメンバーの一人だった。

この4公演で、私にとっての一推しが宮崎由加さんで、二推しが宮本佳林さんで、そのお二方が自分の中の圧倒的二強であるというのを確信した。全体や複数人を同時に見ているときを除けば、私が見ていたのは宮崎さん6割、宮本さん3割、金澤さん1割であった。

埼玉県は金澤さんの出身地だ。出身地でのコンサートは凱旋といって、アンコールのときに通常のコールではなくそのメンバーの名前を呼ぶのが通例になっている。私が観に行かせてもらった5月14日の三郷市文化会館でのコンサートでは、昼公演でも夜公演でも開演前とアンコール時に「朋子! 朋子!」と我々は声を上げた。今日は昼公演の開演前は「ジュース! ジュース!」だったし、アンコールは「朋子」で行くのかと思ったら、いつもの「ジュース! もう一杯!」だった。夜公演のアンコールは「朋子!」になって、ホッとした。なぜホッとしたかというと、金澤さんは地元の埼玉でコンサートをやれることが嬉しそうだったからだ。“GIRLS BE AMBITIOUS”の自身のパートではステージに寝っ転がるという後藤真希さんの“SOME BOYS! TOUCH”を彷彿とさせるアドリブを見せていた。それを後のしゃべりセグメントで高木紗友希さんから突っ込まれ、「埼玉だから嬉しくて」と照れ笑いしていた。昼公演では川口という場所は自分にとって映画を観に来る場所だと言っていた。それだけ張り切っているのに我々が金澤さんの凱旋公演であることを無視してしまうと、きっと彼女は悲しむだろうと思っていた。「祝ってもらえると思っていなかった」と朋子コールを喜ぶ金澤さん(きっと思っていたか、少なくとも期待はしていただろう)。「こんな取り柄のない私でも応援してくれる人がいるんだなと…(客、エーイング)ごめんね(エーって)言わせて」

Wonderful World”で宮本さんが「あなたに出逢えたから」を「みんなに出逢えたから」と替えて歌ったことが、川口の夜公演そしてこのSpecial Codeの4公演を締めくくる大団円感に拍車をかけた。昼公演で高木さんは「Juice=Juiceの日ってただの語呂合わせだし、℃-uteの日のパクリじゃん。でもこうやって多くの人が集まってくれるのが嬉しい」的なことを言っていた。来年からハロプロの催しとしての℃-uteの日はなくなる。この記念日の元ネタが℃-uteの日であるということを我々が忘れてしまうくらい、何年も先まで続けて欲しい。