2017年9月2日土曜日

Seven Horizon (2017-08-31)

“Much of what I feel and think I owe to my work as a book-keeper since the former exists as a negation of and flight from the latter.”
(私の思考と感情の大部分を決めているのは、私がやっている経理の仕事だ。前者は後者の否定、後者からの逃避として存在するからだ。)
- Fernando Pessoa, “The Book of Disquiet”

「今日も一日お疲れ様。明日も頑張ろうね」、宮本佳林さんは言った。8月30日(水)21時に公開されたハロ!ステの冒頭、いわゆるアイ・キャッチと呼ばれる数秒間の映像である(アイ・キャッチは和製英語だと思うが適切なモノホン英語フレーズが分からない)。9割の視聴者は「うん、頑張るね!」と思ったであろう。実際に画面の前で声を出した人たちもそのうち7割程度はいたであろう。俺は違った。たしかにニヤついた。画面いっぱいに宮本佳林さんが出てきたらね、誰でもそうなる。仕方ない。でもな、いくら宮本さんが言っても俺は頑張らないよ。頑張るって、あれだろ。端的に言うと理不尽に耐えながら私生活を犠牲にして長時間の労働に身と心を捧げることだろ。そうじゃないってあんたは言うかもしれないけどさ、日本の労働者が頑張るってのはそういうことだよ。まあ頑張って早く帰るという言い方もあるけどさ、基本的には時間と心身のリソース配分において労働を最優先する、ファックなジャップの労働観と人生観を前提にした言葉だよ。ともかく俺はその意味では絶対に頑張りたくない。いかに少ない労力で求められていることをこなして、評価と給料を得るか。それは考える。会社の労働に全身全霊を尽くす。それはあり得ない。大体、そんなことをやっていたらHello! Projectの現場に行けなくなるでしょう。特に平日なんて。でも労働を辞めたら現場以前に生活が出来なくなる。折り合いを付けて続けるしかない。収入を得る他のやり方を知らないんだ、俺は。たまにラッパーが俺にはこれ(ラップ)しかないと言うけど、俺も生活の糧を得る手段はこれ(賃金労働)しかねえんだ。そういう育ちなんだ。

機能性発声障害と診断され、声を出すお仕事をお休みになっていた宮本佳林さんが、今日のコンサートから復帰することが8月28日(月)に発表された。彼女が休養から復帰する大事な公演。横浜Bay Hall。18時15分開場、19時開演。俺は午後半休を取得していた。勤務場所である埼玉の奥地から横浜に移動するのはだるい。だから本当は丸一日の休みにするのが望ましかった。でも仕事とのバランスを取る必要があった。具体的な業務というよりは印象の問題だ。10月10日(火)にはJ=J Dayで午後休を取る予定だし、11月20日(月)はJuice=Juiceの武道館で休みを取る。やたらと休む奴として認知をされると周囲の信頼が落ち、結果として自由に休みづらくなる。あと単純に、有給休暇の数には上限があるからね。午後休で済むところをすべて一日休んでいたら使える休暇がなくなってしまう。フレックス勤務を活用して15時に会社を出てもギリギリで間に合っていただろうが、電車の遅延等、何かがあったときが恐い。色々と考えて午後半休にした。

会社なんてのは、よほどよく絡む同僚や直属の上司を除けば、みんなお前のことを「何をやっているんだあいつは」程度にしか思っていないし、長く在籍を続けている奴には「まだいたのか」と呆れている。いくら心血を注いで「御社に精一杯尽くし」ても会社を去れば「そういえばそんな奴いたな」とたまに懐かしがられることすらないかもしれない。もっと時間がたてば社員が入れ替わって誰もお前のことなんて知らなくなる。俺は同じ会社の従業員で、急に死んだ人が二人いる。取引先の人で重篤になって入院し、それ以来は顔を見ていない人もいる。重病にかかろうと亡くなろうと、仕事で関係する人たちなんて誰もお前のことを本気で心配したり気の毒に思ったりはしない。はじめの一週間にその演技をするだけだ。それは道端で車にひかれた猫を見た反応と大きくは変わらない。誰かが猫を片づけたらみんなの人生は元に戻る。俺がいなくなっても、お前がいなくなっても、誰がいなくなっても、会社は回っていく。社会をこう変えたいという使命に駆られて立ち上げた事業に命を懸けるのはまだ理解できなくもないが、たかが賃金労働に人生の価値や意味を見出そうとするのは生粋の馬鹿である。

会社に限らない。誰が欠けても、この世界は回り続ける。「この世に不可欠な人間などいない」―何年も前に観た伝記映画で、チェ・ゲバラが部下にそんなことを言っていたのを覚えている。俺は無職として暮らしていた30-31歳の時期に、その言葉を理解した(チェ・ゲバラによる発言の趣意と合致するかは分からないが)。それまでの俺には、焦りが渦巻いていた。俺は何者かになれるのではないか? 何者にならないといけないのではないか? 何かを成し遂げないといけないのではないか? 今のままじゃ駄目なんじゃないか? 俺はこんな会社にいちゃ駄目だと思い、転職した。失敗して無職になった。一年と二ヶ月くらいの間、俺は一切の労働を行わなかった。それで悟った。俺が仕事をしようがしまいが、この世にいようがいまいが、この世界には何の影響もない。当たり前のことなんだが、無職になるまで俺は気が付かなかった。

宮本佳林さんがステージを留守にしていたこの約一ヶ月、Juice=Juiceは予定通りの日程で単独コンサートを続けていた。どの公演も中止にはならなかった。宮本さんのパートは他の誰かが歌っていた。6人でもJuice=Juiceは回り続けた。このツアーで俺は、宮本さんがいないJuice=Juiceを4公演、観させてもらった。たしかに今は宮本さんの不在をもどかしく感じるかもしれないが、何度も何度も観ていくにつれ慣れてしまうのではないだろうか? 宮本佳林さんがいたJuice=Juiceがどうだったかを忘れてしまうのではないだろうか? 俺は告白する。宮本さんのご復帰を強く待ち望む気持ちと共に、そういうシニカルな考えが頭の片隅にはあった。俺が生きていようが死んでいようが、地球には朝が来て、昼が来て、夜が来る。宮本佳林さんがいなくてもJuice=Juiceはなくならないし、公演を重ねていく。時間がたてばそのうち普通になってしまうのではないか? 

12時すぎ、上司も気にかけている案件を集中して昼休み直前までに片づけて「午前だけでも勤務でもやることはしっかり出来る奴」というgood impressionを残してから職場を去った。気持ちよく電車に揺られ、横浜駅で降りる。西口。モアーズ。ハングリー・タイガー。Pride of Yokohama。昼食と夕食を兼ねてダブル・ハンバーグ。2,130円。15時まで注文できるランチに滑り込みで間に合った。横浜駅のコイン・ロッカーにメインのカバンと傘を預ける。必要最小限のブツを入れた小さなバックパックを背負って、元町・中華街駅へ。こっちの駅のコイン・ロッカーもたくさん空いている(後で気が付いたが会場に事前に預けられるクロークがあったので駅のロッカーに入れる必要はなかった。何度か来た会場なのに忘れていた)。今日の物販は16時半から。俺がグッズ列に並んだのが16時54分。日が差して、涼しくて、過ごしやすい。予報は雨だった。日替わり写真の宮崎由加さんと宮本佳林さんを手にして列を離れたのが17時27分。梁川・宮本が売り切れたというストリートの噂が聞こえてきたのが17時41分。「買うもんがねえよ」と待機場所の駐車場で嘆く紳士。ここに俺が来るのがあと10分遅かったら宮本さんの写真は買えていなかった。宮本さんは今日が復帰戦だから分かるけど梁川さんの日替わりが売り切れるのは何でだろう? と思ったが、ちょっと前に投稿された宮本さんのブログを読んで理解した。梁川さんは神奈川県出身だから凱旋公演なんだね。17時43分、「チケット譲ってください」という紙を掲げた紳士が現れる。平日のこの時間に都合をつけてここまで来る人が今になってチケットを手放す可能性はかなり低いと思うんだが。17時47分、三大迷惑マサイで有名な某氏が登場。柱の前(横浜Bay Hallには大きな柱がある)に行こうかなとお仲間にこぼしていた(そこだと後ろの邪魔にならないから好きに飛べるからだと思う)。「もったいない。ガン見した方がいいよ」とお仲間の一人。飛ぶなと暗に諭しているようにも聞こえたが、彼に婉曲的な表現は通じないでしょう。

開場時間は18時15分だが、番号の呼び出しは18時10分から始められた。毎度のことだが、こういうことを勝手にしやがるので書かれている開場時間の10分から15分前には現地にいた方がいい。20番という素晴らしい番号だった。二列目の左寄りの位置についた。あと二つか三つ若い番号だったら最前に行けていた。開演を待つ間、思い出した。そういえば小野瑞歩さんのバースデー・イベントの当落発表が今日の16時だった。ファンクラブのサイトで確認したところ、応募した19時45分の回に当選していた。ホッとした。思わずiPhoneを持っていない左手の拳を握りしめた。ありがとう、アップフロントさん。席は確保した。あとは「フェイクな奴らはお誕生日おめでとうございますとTwitterに書き込み、リアルな奴らはバースデーイベントに行く」という格言を守るだけだ。

人間の頭は過去を正確に覚えられないように出来ている。仮に宮本佳林さんが長期欠場をして、彼女のいないJuice=Juiceを俺が何十回と観たとする。宮本さんの不在はいずれ感じなくなってしまうかもしれない。彼女がいないのが俺の脳内では普通になってしまうのかもしれない。この世に不可欠な人間はいないのだとすると、宮本さんがいなくてもJuice=Juiceは続いていくのかもしれない。でも今日、分かった。宮本さんがいるJuice=Juiceと宮本さんがいないJuice=Juiceは、まったくの別物だ。もちろん宮本さんの偉大さは十分に分かっていたつもりだった。実際に短期間のうちに彼女がいる公演といない公演を観て、これほどまでに違うのかと思った。それは単に歌唱力とかダンス力とかの技量面の話ではない。むしろ精神的な話だ。Juice=Juiceの全員が宮本佳林さんを求めている。そして、ファンの全員が宮本佳林さんを求めている。宮本佳林がいないとJuice=Juiceではないと、みんなが思っている。

Juice=Juiceの一つ一つの立ち振る舞いが、大事な仲間が戻ってきたという喜びに満ちていた。全員が本当に嬉しそうだった。
・梁川菜々美さんは『夏の夜はデインジャー』で「どうしてだろう」という歌詞を歌っているときの宮本さんが可愛すぎてニヤニヤしてしまい曲の世界観をぶち壊してしまったと話した。その箇所は宮本さんの不在時は梁川さんが受け持っていた。その間は私たちはやなみんにニヤニヤしていたと宮崎さん。「私のときはニヤニヤしなかたっと。私よりやなみんが可愛いと」とすねる宮本さん。宮本さん可愛いですという梁川さんを、信じられるのはこの子だけだと宮本さんが抱きしめた。
・コンサートを通して、植村あかりさんの笑顔がこれまで見たことないくらいに弾けていた。曲の表現で笑顔を消すとき(たとえば“Summer Wind”)を除けば、ずっと笑顔だった。
・植村さんはこの公演前に横浜で買い物をしていたという。セルフレジの店で服を買った。後でさっそく着ようかなと思ったら商品がないことに気付いた。セルフレジに置き忘れた。店に電話をかけたが見つからないと言われた。自分が悪いのだが誰か同じ物を買ってくれないかなと思っていた。(evelyn?と客の誰かが聞く。evelynじゃないと答える植村さん。笑う宮崎さん。)でも今日は梁川さんの凱旋で、宮本さんの復帰公演。公演が楽しくて、そんなことはどうでもよくなった。自分は何てちっぽけだったんだと思った。
・高木紗友希さんは「佳林が戻ってくると燃える」と言ってから、「これからもよろしくね」とお立ち台から後ろを振り向いて宮本さんに言った。
・金澤朋子さんは、宮本さんがいなかった時期、寂しいから電話をかけようよとメンバーに言ってから彼女が声を出せないことに気付いたというエピソードを語った。
・宮崎由加さんは、コンサート中に宮本さんの声が聞こえると「そうこれこれ」となるんだと、愛おしそうな、泣き出しそうな、恍惚としたような表情で、言葉に詰まりながら話した。

宮本さんの休養によって、グループとしての団結が一気に深まったように俺は感じた。増員当初と比べてステージ・パフォーマンスにまとまりが出てきた。俺は7人のJuice=Juiceに違和感がまったくなくなった。ステージに全員がいても多すぎるという感覚がなくなった。これは単に俺の目が慣れたというだけではなく、Juice=Juiceが一つになっていたからだと思う。彼女たちが自信に溢れていたからだと思う。歌って踊る宮本佳林さんを観られる。そして宮本さんのご復帰によってさらに力強さを増したJuice=Juiceを観られる。それも間近で、細かい表情まで高画質で。その幸せを噛みしめた二時間弱だった。

「この間、千葉(宮本佳林さんと高木紗友希さんのご出身地)の公演に行ってきたんだけどさ。(宮本さんが)いないのに曲中に佳林コールが起きてんの。アンコールもさ、『かーりーん! さーゆーき!』って。いないのにするのかよって驚いたわ」。開場前に近くの紳士が話しているのが聞こえた。彼女がいつ戻ってくるかも分からないのに紫のTシャツを着てコンサートを観て、彼女が出演していない公演でも宮本さんの日替わり写真を買い、紫のペンライトを点灯させ続けた奴ら。宮本さんのご復帰を知り久しぶりに(といっても宮本さんがコンサートを休んでいたのはわずか一ヶ月だが)現場に顔を出した奴ら。宮本さん以外の誰かを推しながらも、彼女のご復帰を心待ちにし続けた奴ら。開演直前の「佳林!」チャントは、俺らの集合意志だった。

序盤、段原瑠々さんと梁川菜々美さんの自己紹介の後に、宮崎由加さんが宮本佳林さんにコメントを振った。宮本さんは、公演の感想はもっと後になってから言うので、パフォーマンスを観てくださいと言って、笑みを浮かべた。パフォーマンスで語るといういつもの宮本さんらしい言葉だった。最後のコメントで宮本さんは「皆さんがお休みのときに私たちは働かなくてはならない」と言っておどけてから、「暑くて、変な雨もたくさん降った。体調管理が難しかった」と、自身の欠場中に穴を埋めたメンバーたちを労う。休養中の生活について、誰かと一緒じゃないと外出もままらない等、声を出せない生活の恐さを語った。久しぶりにステージに戻ってきて思ったこととして“Magic of Love”における観客の「ここだよ朋子」の声の大きさが前と変わっていなかったことを挙げた。「そこ?」と他のメンバーたちは笑っていた。

入場時に5-6人の有志が青いペンライトと梁川さんの凱旋祝いへの協力願いを書いた紙を配っていた。彼らの取り組みは成功し、いつもは「ジュース! もう一杯!」なるところで「やなみん!」チャントが鳴り響いた。私は「やーなーみん!」と言い続けるにつれ、段々“You know what I mean?”に聞こえてきた。つまり梁川菜々美はヒップホップなのである。チャントを受けて出てくるときの梁川さんは本当に嬉しそうだった。その嬉しさから“Fiesta! Fiesta!”の最初のダンスでいつもより跳ねているように見えた。

終演後の高速握手会。最後の宮崎由加さんは私を見て「おー! 今日もありがとう!」と言って左手の親指を立てた。ほくほく顔で会場を出ると21時12分。これで俺のJuice=Juice LIVE AROUND 2017~Seven Horizon~が終わった(ツアー自体はまだ3公演ある)。宮本さんの復帰試合でなおかつ梁川さんの凱旋公演でもあるという特別感、高揚感はツアー・ファイナルにも見劣りしなかったはずだ。